日記等


by kato_ashura

<   2009年 12月 ( 4 )   > この月の画像一覧

As time goes by.

As time goes by

聖なる静かな夜が過ぎて、厳かな夜がせまっている。
かくあれかしと願って生きて、
じゃあさようならと去ることで完結するのが個人の人生。
かくあれかしに個々の違いはあっても、
全員がリードギターではバンドが成立しないように、
役割の違うもの相互のわかりあいが道を作る。

d0128759_21274663.jpg

       サビレッジ(サベージとビレッジシンガーズ今回はワイルドワンズからも)

つまらないことで、どれだけ時間を、そしてもしかしたらいい人だったかもしれない人との関係を無駄にしてきただろう。
老いてよかった。
できないことがわかってきてよかった。
そして、そのおかげで、今やるべき事の姿がはっきりしてきてよかった。
d0128759_21443029.jpg

              ウイリアムモリスのアーティチョーク

オレの子供達が若くて悩んでいた時、オレも同じように悩んでいた。
親をやるのも、産まれて初めての経験なのだったから。
でも、親をやらしてもらってよかったよ。
子供達にとっては、いい親じゃなかったかもしれないけど、オレはやらしてもらって感謝している。

そして今度は、オレの子供達が自分の子供と初対面ってわけだ。
がんばれよ。

Rise or Fall

時は過ぎていく。
いくらでも。
d0128759_21483018.jpg

                    ニセコの水
[PR]
by kato_ashura | 2009-12-29 21:54

悲しくてやりきれない。




 帰りの北斗星には、札幌から乗った。
仕事の電話が入って、その対応に時間を取られて、予定していた札幌の街の散歩もろくにできぬままに駅に戻る事になってしまったが、まあ、仕方がない。
帰りは行きのときのようなアクシデントもなく、ホームで30分も時間をつぶしたが、無事に列車に乗る事ができた。
d0128759_043745.jpg

しかも、2連のディーゼル北斗星に。
Merry Christmas Mr. Lawrence
 倶知安の病院で、叔母の主治医に話を聞く事ができたが、見通しは暗く、症状は救いのないものだった。
大腸に原疾患があって、すでに手術前に判明していたが、肝臓に多くの転移、子宮と小骨盤等にも。今後癌細胞による尿道の圧迫が予想される。
ステージ4という所見だった。
4以上がないから4だが、5年生存率が20パーセントというから、素人からみても最悪に思える事にそう大きなまちがいはないだろう。
医師の判断では、今の抗がん剤治療を続けても、半年から一年、だそうだ。
叔母がオレのこの日記を読む事がないのがわかっていて書いているが,医師には叔母に話してよいものかどうかよく考えて連絡をくださいと言われた。

 函館本線で小樽に向かう車窓から、寒そうな景色を眺めながら、涙が出ようとするのをこらえたけれど、その一部は鼻水になった。
d0128759_0481638.jpg

叔母の連れ合いは、もう86歳。少し認知症の症状が出始めているそうだ。
今度の叔母の事でショックを受けているが、それをさとられまいと必死だ。
一生懸命それをやると、かえってばれちゃうのにね。
心の中でうろたえているのがわかる。
強がっている分、いい人なんだ。

悲しくてやりきれない

オレがまだ学生の頃、父は仕事で地方にいて、母も幼かった妹も一緒に地方にいたので、東京の学校に行っていたオレは叔母に弁当を作ってもらったり、美術館に連れて行ったもらったり、なにかと世話になったから、当時の楽しかった暮らしを思い出すだけでも、今回の事を思うと、泣けてくる。
しかも、当時オレはあまりいい子ではなかった。
d0128759_0534710.jpg

       ニセコアンヌプリ。この山の麓で叔母は結婚してからの暮らしをした。

病院の部屋を出るときに、何度かちいさく手を振った。
叔母も、それに応えて、いたずらっぽく微笑みながら何度も手を振った。
思い出して正直、また泣けてきた。
老眼鏡がぬれる。
叔母さん、貴女の息子みたいだったオレは、老眼鏡をするようになってるんだよ、もう。
そんな老人のオレが泣いてる。
79歳の叔母が死のうとしている事がわかってしまって。

yesterday when I was young
[PR]
by kato_ashura | 2009-12-14 01:32

北海道へ。

NIGHT TRAIN

いざ、北海道へ。

だがしかし、想定外のことが起きてしまった。
北斗星に乗るべく家を出て、中央線に乗った。
すると、車内で放送。
悪い予感。
人身事故で上下線とも運行を停止との事!
運転再開のめどは立っていない。
国分寺の駅で電車は動かない。
しばし考えて、西武線に向かった。
西武新宿線で高田馬場、乗り換えて山手線、上野着が北斗星出発の一分半前。え〜っ。
猛然とダッシュ、誰かと話してる所に割り込んで駅員に 北斗星のホームは? 瞬時に返答 13番線です ありがとう ダッシュ。
あれ?13番線が見えない。
あった、ホームの長さが違うんだ。
ぐるっとダッシュ。
しかし、遠ざかって行く車両。
尾灯がかっこいいが、そういう場合ではない。
だからってあきらめるものか。
いつかなんかのサスペンスで見た事ある気がするぞ。
アリバイ崩しで、もう出発してしまった北斗星に追いついて犯罪を犯したのを。
みどりの窓口にダッシュ。
今出た北斗星に追いつきたいんですっ。
息が途切れながらやっとそう言うと、激しく咳き込んだオレ。
年を感じた。
端末で調べてくれて、半驚き可能という事になったが、新幹線で追いかけるので、自由席でも特急券だけは買ってほしいとの事。
オレは急いでいるので、仕方なく宇都宮までの特急券を買った。
が、しかし、係の女性が、ちょっとお待ちくださいと言って上司に相談、オレをあわれに思ってくれたらしく、その上司の決断は、特急券いらないって事になった。
まあ、人身事故はおれのせいじゃないんだけど、JRにとってもその責はないのだ。
そして、係の女性はオレを伴って新幹線の改札へ。
だがしかし、ここにも関門が。
新幹線の係の女性が今度はうんと言わない。
プライドか?
最初の係の女性は、困ってしまって、またも上司に相談に。
しばらくして戻ってきた彼女はにっこりしてオレにチケットを渡して、お気をつけて、と言ってくれた。
切符には赤いボールペンでこの人を宇都宮まで新幹線に乗せるようにと上司の指示が書き込んであった。
もちろん、宇都宮の駅でも あ、連絡がきております。お気をつけて と、気分がいい事、まるでVIPのよう。
d0128759_21322729.jpg

運がいい事は続くもので、やってきた北斗星はなんとカシオペア色のEF81だった。

駅そば食っちゃう余裕で乗り込んで、もちこんだワインでひとりで乾杯。
d0128759_2135766.jpg


飲みきったのを記憶しないまま熟睡でした。
d0128759_21364376.jpg

この話を、10日、入院中の叔母にしたら、うけた。よく笑ってくれた。
笑いながら大変だったのねと言ってくれた叔母はしかし、痩せて、小さくなっていた。
d0128759_21373699.jpg

件の切符。
[PR]
by kato_ashura | 2009-12-12 21:47

叔母が癌だ。

北海道に嫁いでいる叔母が、癌で入院した。
高校の時は、オレの父母が仕事で家にいなかったので、なにくれと面倒をみてもらったひとだ。
結婚が遅かったので、式の時はオレが写真を撮ったりもした。
直腸に見つかって、肝臓に転移している事がわかり、手術したが、開けてみたら予想以上に進行していて、5時間ほどかかって切除したのだが、
医者にとりきれなかったと言われたそうだ。
今後は、抗がん剤で戦うしかないだろう。
なんてこった。
だが、しょうがない。
癌系家族の宿命だと、本人は言っている。
オレの、祖父は胃癌、祖母は肺癌で死んでいるから、そうも言えるのだが。
その知らせを聞いて、妻はしきりにオレに癌検診をすすめるが、
いやなんだよね。

「能動的三分間」

このひとムーンウオークが上手いんだよね。

ホントんとこ、産まれて死ぬまでが人生なんだけど、インスタントラーメンがってこの歌詞はサクッとくる。
そーなんだよねって。
生きて、何かやってるうちが華だもんね。
オレは、きれいな何かがしたい。
d0128759_19461583.jpg


一生懸命何かしてる時に、ふっと自分がいなくなる瞬間があって、はじめはボケはじめかと思ったけど、よく思い出したら、子供の時からそれはあった。
小学校の先生からは、授業中飽きずに天井を眺めているので、獏ってあだなされた。
学校へはランドセルしょわないで行くし、さぼって河原で石投げはしてるし。
確信犯ではなく、なんとなくそうなっていた。
ギターを弾いていても、ふと自分がいなくなる時がある。
何処かへ出かけるらしい。
肺炎で寝込んだ時は、幽体離脱を経験した。
映画のランブルフィッシュのあのシーンは映像で上手く表現できていると思った。

Rumble Fish
Rumble Fish Trailer
しつこいかと思いましたが、 Trailer追加しました。

で、北海道に行こうと思う。
忙しくもないし、少しカネもあるので、寝台列車で行こうかな。
一人だから、北斗星か。
カシオペアも乗ってみたいな。
叔父貴が死ぬ前に、カシオペアで北海道に行こうって約束していたんだが、行く前に死んでしまった。
思えば、はじめて北海道に行ったのは、札幌五輪の時だった。
あれから何度も仕事で行ったけど、叔母の所に泊めてもらったのは初めて行った時とで2度だけだ。
つれあいの叔父が死ぬまで、あと3〜4年は大丈夫と思うけど、生きていたいって。
家に帰ったら、かたづけものがたいへんだって。

Lady

この歌は、演歌よりずっと演歌みたいで、なんか泣ける歌だな。
[PR]
by kato_ashura | 2009-12-02 20:28