日記等


by kato_ashura

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墓参りとは。

26日が友人の命日で、もう逝ってしまって2年になる。
のぶさんに声をかけられて、一緒に墓参りに行った。
午後とはいえはやいうちに着いたのだが既に先客があって新しい花と口を開けたビールと日本酒が供えてあった。
あるところは妙に正義心が強く、あるところはふつうにあんまり強くない面白い男だった。
何処が強くないかは、書く事ができないがオレの知る限りではそんなに悪いとも思えない範囲ではあった。
墓の前で、一緒に参ったのぶさんとひとしきり思い出話をしてから、墓の肩をたたいて、じゃ、またくるからと言って帰ってきた。
千の風じゃないけどそこにその人はいないのに、かってにいることにして語りかけるのは、じつは自分の中にできた彼のいた場所の空白ををどうしていいかわからなくてそうしてるんじゃないだろうかと思った。
涙はつきまとうけど。

彼は編集者だったので、よく一緒に仕事もしたが、それ以上によく遊んだ。
その頃一緒に飲んだ店に行くと何故かそこに現れる気がするし、家で飲む時肴を焼いた七輪をみれば大きな声でゲラゲラ笑う声が聞こえる気がする。
バイクで走れば必ず彼の走る姿が脳裏に浮かぶ。
甘く切ない思い出とは、またちがった少しごつごつしてるが楽しい思い出というのもあるみたいだ。
2年経って少しだが気持ちに変化が出た。
残されたご家族も気持ちが安らいでくれるといいと思う。

La vie en rose(ばら色の人生)

この歌が、というかこのエディットピアフのこの歌唱が好きだ。(画像も最高だし。)
若い頃の歌唱よかずっといい。
悲しみも喜びもきれいに溶け合ったクリームソーダの味がする。(しつこいかナ。)
涙が出る。
(これはホントだ。)

Sous le ciel de Paris

小学生の頃、家にたった一枚あったシャンソンのアルバムに入っていたこの曲と萩原朔太郎の フランスへ行きたしと思えども フランスはあまりに遠し という詩がオレ的のフランスのイメージを決定した。
その後見たゴッホの絵もイメージを描き変える事はなかったのだが、実際にはパリでは友人と文無しのただれた日々を過ごしたのだった。ナ、sarnoさん。

The Great Escape
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by kato_ashura | 2008-10-27 23:32
思い出したのだ、学生の頃わが町というテーマで写真を撮りなさいといわれた事を。
その時はオレにとっての町がまちがいなくあったのにオレはこの町を撮らなかった。
何を撮ったか覚えていないが先生には確か受けが悪かったように記憶している。
何故撮らなかったのだろう。
たぶんオレの関心が違う所に向いていたからだろうと思うが、撮っておけば良かった。
ずっと基地の町だったのが、アメリカ空軍に去られて、どうしていいかわからなくなっていた情けないわが町を。
情けないと言いながらたぶん愛していたわが町を、そうだよ、撮っておけば良かったんだ。

今はすでに自分の町とはとても思えない程に変わってしまったわが町だが、此処で過ごして恋をしたり結婚したり子供を育てたりした。
苦しい日々もあったけど、生きてきた。
ともだちが遊びに来た。
バイクに乗った。
ふられたりもした。

そうだ、ふられた。
その話をしよう。
はじめに書いておく、悪いのはオレだ。
こんな女子だった。

Feel Like A Woman

ウソです。(下半身は負けるけど顔はもっとよかった。ような・・)

高校生の頃、二股かけてしまったオレはばれてるのを知らずにその片方と喫茶店にいて、遅れて来た彼女の前にはついさっき運ばれてきた水、オレの前には緑色のメロンソーダの上にバニラアイスが乗ってるクリームソーダがあった。
業界ではクリソという。(どうでもいいけど)
彼女が遅れてもクリソのおかげで上機嫌なオレだったが、彼女の言葉に頭が真っ白になった。

聞いたわ、○○ちゃんともつきあってるって?

クリソのバニラアイスとソーダを好みの濃さに調合しようとそっとかきまぜていたオレの手がオレの意思から離れて動き、それでも顔をあげられないオレは何か初めて見るかのような気がしながらいつもの液体をただ凝視しながら長いスプーンを動かしていた。
(え、なんで知ってるの?グループが全然違うじゃん!)

わたし、許せないからネ。

普段言い方の静かな彼女の口から出たとは思えない程に、おそろしく断固とした物言いだった。
後頭部を押さえつけられるようにオレの唇はストローに吸い付いた。

もう、おしまいよ。

ほとんど意識を失った。
そして、次にオレはその時点でそうしようと考えたのではなく、知らないうちに、吸い付いていたストローに無意識に息を吹き込んでいた。
クリームソーダは俄然元気になり、ブクブクと盛り上がり、パステルグリーンの液体は泡を立てながらテーブルの上を侵略し、覆った。

ちょっと、何してるの?バカじゃないの? やめなさいよ。  あの、すみませーん。

オレはひたすらウエイトレスさんに頭を下げていたが、その店に二度と顔を出す事はなかったし、再び偶然会うまでのその後5年ぐらいはその彼女と会う事はなかった。
もちろん、もう一人の方とも会える事等ありえなかった。

映画バニラスカイを観たときも思い出して少しシュンとしたのだったが。

The Nothing Song

うーむ、深刻さのレベルは少し違うかもしれない。
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by kato_ashura | 2008-10-23 21:27

わかるという事。

わかる、合点がいく、理解する。
5+5=10のようなどうでもいい正しさを求めるように、心の問題をわかっちまったらいけないだろうと思う。

もう死んでしまった夫をその後発覚した女性関係の事実から恨まなくてはならなくなってしまった夫人がおられて、それはそれは苦しんだようだ。
亡くなってもう2年、ずっとひとりで苦しんでおられたのを、最近になって知った。

彼女によると、しがらみという字には柵という漢字をあてるそうだ。
乗り越えなくちゃねと気丈に言われる。

おい、彼女がそう言ってたぞ、ホントなのか? どういう事だったの?
と、問いつめる相手がもういないのだ。

彼女は夫の友人達を敵と思ったそうだ。
当然かもしれない。
家族ぐるみで親しくしていた友人もその事が発覚して以降音沙汰がないらしい。
きっと何も言えないのだ。
オレはこの夏まで知らなかったが、それを知ってから最近、彼女を彼の墓参りに誘った。

彼と彼女はふたりで子供を育て、家庭をつくって暮らしたのだった。
彼女は彼を疑った事がなかったそうだ。
発覚した事実のとらえかたが違う彼の実家と彼女も関係が切れてしまったという。

To Build A Home

彼女は何を力にしてもういちど飛び立つ事ができるのか。
これからもまだ、夢は彼女にとって何かの役に立てるだろうか?
オレは疑うというテーゼに対するアンチテーゼをたてて細かく対立させてみたらいいのかと思ったが、言ってしまった後だがじつは自信がない。無責任だよね。
考えるとつくづく自分が無力だと思う。

わかるということはもしかするとわからないということなのかもしれないから、人と同じ答えだからといってわかった気になっちゃいけない。
ときにはつきつめて、心の力で歩まなければいけないナと思った。


悲しくてやりきれない

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by kato_ashura | 2008-10-17 23:51
日々いろいろなことがおこるこの世だが、どうもこのごろ起こる事件の背景に、他人に対してひどい事をするのは無責任にやっちまって、悪い事をした自分に対してはむやみに正当化するって輩が多い気がする。
これは人殺しとかだけじゃなくて、仕事でもそうみたいでさ、
アメリカ発全世界で大騒ぎしてる金融にしても同じなんじゃない?
アフリカや中東で殺し合いがあるのを先進国じゃ眉をひそめて野蛮なとか言いたそうにするけど、彼らとしたら先進国人みたくいい思いがしたいんだと思うんだよね。
先進国じゃ後進国から搾取していい思いしてるから後進国人がお互いで殺し合うのをバカにした目でおおっぴらに見ぬ振りさ。
あげくけしかけたりさえする姑息さもある。

Mad World

むかし観て大好きになったデビッドリーン監督ピーターオトゥール主演のアラビアのロレンスって映画にその縮図がある。
ロレンス自身の著作の知恵の七柱にも内省的な記述があるが、この映画を観てから、諍いの原因は自分たちだけいい思いをしたい輩のエゴに始まっていると言えないかなと思うようになった。
感動した映画だった。
大げさな映画が嫌いになりかけてた頃に観たのだけど、カネをかけて撮る映画を見直した映画だった。
もちろんCGなんかない頃のなのに、むしろ使わないからなのか映像もすばらしかった。
ロレンスは歴史的にたいへんなことをやってのけた人物だけど、個人的な趣味のバイクで事故って死んだのだ。
ブラフスーペリアっていう当時としてはバイクのロールスロイスみたいやつだったらしい。
結局軍人としては何も解決しないままに逝った。
この映画は全体に砂漠ばっかりの映画だけど、(砂漠もきれいだったけどね)アカバ攻略のときか海がワイドスクリーンいっぱいに映ったのがとてもきれいだった。

Laurence Of Arabia

海といえば太陽がいっぱいのラストシーンの海も眩しくてよかったナ。
マリーラフォレがめっちゃよかった。(よさそうだし)(これは余計)。

太陽がいっぱい

映画の事を書き始めるとどこまでも脱線する。
ま、日記だからいいか。
ええい、ここまできたらタイトルも変えてしまえ。(ここで当初のタイトルと変わった。)
うーむ、マリーラフォレが頭から離れなくなってしまった。
じゃあしかたがない。(何が?)

Viens, Viens
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by kato_ashura | 2008-10-12 23:10

友人の命日。

明日は北原の命日だ。
死んだ事を知った日は我ながら動揺した。
そんなに繁く会っていた訳でなく、それには多少の理由もあったのだが、友人だったとオレは思っているし、生涯忘れられない男だ。
生涯と書けばずいぶん先に感じられるが、なにスグだ。
彼とは20才頃から知り合っていたが、後にオレがスタジオを持った時にも祝ってくれた。
その日、訪ねてきてくれた彼と待ち合わせた飲み屋にはいまだに通っている。
当時のドラマ 俺達の旅 で使われた店だった。
らしくカウンターの隅の席でビールを飲みながらオレを待っていたっけ。
おう。
って言ったな確か。
声まで思い出せるのに、もういないってわけだ。
このオレにしてみたってホントに僅かのあいだこの世に立ち寄っただけで、言ってみりゃ通りすがりの影なのかもしれない。
この世は夢とか言うけど、邯鄲の夢じゃないけど、夢の中がうつつなのか今のこのオレが夢なのか、いったいどっちなのかねぇ。

dreams

Cold, Cold

飛び去っていく風景と時間の中で、オレの精神と体は妥協を余儀なくされながらも同時に、ときに別々に生きている。
だから彼も体が死んでも魂は生きてるのかもしれない。
死んだ者に声帯が発音する声はたぶん届かないだろうが、魂の声はあの世にも届きそうな気がする。
だからここに書かない事を話そう、今夜は。
他の誰にも見えない、そして聞こえない言葉で、彼だけに。

Rasta Jimi

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by kato_ashura | 2008-10-09 23:33
親戚の結婚式が秋田であって、父の代理で出席させていただいた。
なかなか盛大な式で、最近できたという大きな教会のような式場で行われた。
いろいろと考えてあって、式場から出るときはライスシャワーならぬフラワーシャワーで、花びらを新郎新婦の頭上に撒くのだったし、参列者たちで風船を空に放つバルーンリリースとかいうのもあった。
披露宴でも趣向が凝らされていて、とても楽しかった。
だがあきらかに結婚式の考え方がむかしとは変わっていたと思う。

朝、新幹線で出て帰りはあけぼのという寝台特急で、翌朝8時前には家に帰り着いた。
はやい!
どこでも眠れるオレは寝台車が好きで、というのは宿代も節約できるし、車窓から夜が明けていくのを眺める事ができるからだ。
今回はなかったが日が暮れていくのを眺められる事だってある。
横になったまま窓のカーテンを開けて少しずつ白んでいく空を見ていると、何とも言えない気持ちが湧いてくる。
楽しいとか、悲しいとかのそういう具体的なのではなくて、言葉ではうまくいえないが、最初から心の中にあった、そして最初からたぶん抽象の気分だ。
動物的な記憶だろうか?
個室でひとり夜が明けていくのを眺めていた。
雲が秋だった。
明るくなってくると次第に人々の暮らしが見え始めた。
犬を散歩させる人、走る人、クルマを運転して踏切で待つ人。
朝日がうっすらと建物や畑や空き地を照らした。
雲に色がついた。
Streets Of Philadelphiaをくちずさんでいた。
夜の間休止していた車内アナウンスが大宮が近いと告げていた。

Streets Of Philadelphia


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Over The Rainbow
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by kato_ashura | 2008-10-05 18:13
友人に変態のヤクザの話ばっかって聞いてあんまり面白そうだから文庫本を買ってきた。
筒井康隆氏の男のかいた絵だ。
すんげえ面白かった。
中古のビデオまで買っちまったがこれはトヨエツが好きでたまらない人以外には別におすすめはしない。
はっきりいえば観なくてもいいかもしれない。

Ma solitude

勝手で恐縮だが筒井氏の作品には何か自分と共通するものを感じている。
ま、それはどうでもいいのだが、このたびの話は、例えばテニス。
少しだけやった。
小学校のときは軟式で、高校の時初めて硬式の球でやった。
その時思ったのは、テニスというスポーツはやたらに疲れるという事だった。
相手の玉を追うのだし、敵はオレがいない所に打ってくるから予測してひたすら走らなければならない。
これは辛い。
打開策を考えた。
オレの玉を相手が拾えなければうんと楽になると。
それからはサーブの練習しかしなかった。

yesterday when I was young

この辺で心理学を少しでもカジった人ならオレの精神構造がわかるはずだ。

高校のときはスキーをした。
加山雄三さんにファンレターを書いたりもしたのだ。
切手を貼るまではしたが、恥ずかしくて出せなかった。
当時憧れの人はヨットの堀江謙一さんとスキーの三浦雄一郎さんだったが、合宿で乗鞍に行った時一緒だった三浦さんに決めた。
サインももらってご機嫌だった。(ホントはサインをもらったからそっちにしたのだ)
オレ本人はその年のインターハイで東京都で予選落ちしたのだけど。

レースでは興奮するので旗をよむのが面倒で、インスペクションで歩いて急坂を登るのも嫌い、だから距離があるから見えやすい大回転の方が好きだったが、予選前の練習で気合いが入りすぎて転倒、板が折れた。(ヘタクソ)
残っているのは回転用の短い板しかなくてスピードが乗らず負けた。
楽をしよう、いっぱい考えたくないというのがオレの本性だ。

Roadhouse Blues

嫌われるならそれで結構。
友達なんかいらない。
ついてたりついてなかったりで人生は回るとも思っている。
啓蒙、研究、研削、結果、健康とKがつくものはたいてい苦手なのだ。
どーやって生きて行けば良いのだろう。
ま、こーやってだろうナ。

つまんない日記で恐縮です。(今後ともそうですのでよろしくお願いします。)
今まで生きてきてフランス人のいいヤツに会った事がない。
憧れてるのに。

isabelle
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by kato_ashura | 2008-10-03 02:23