日記等


by kato_ashura

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蕗の薹。

蕗の薹、こういう字をあてるんですね。
蕗は知ってたけど薹は知りませんでしたし,きっと書けるようにはならないと思います。
いや、そんな話ではなくて,もう蕗の薹を食べましたという話です。
昨日から植木屋さんが入って庭の事をしてくれているのですが,うちの庭の何処かに顔を出していたらしいんです。
そんなに広い庭でもないのですが,この頃庭に出る事もめったにないので自分ではみつけられませんでしたが、剪定して落ちた枝や葉を片付ける時にみつけるのでしょうね。毎年そういえばみつけてくれています。
かみさんがてんぷらにして塩を添えて晩酌のあてにしてくれました。
写真は思いつかなかったので撮らずにもう食っちまいましたが,よくいいますけどほろにがい春の味がしましたよ。
ホントに冬来たりなばです。
今日は、ばかによくくしゃみもでるのでもしかしたらもう花粉かもしれませんね。それとも寒いから風邪かな?
春はすごく好きです。
寒い土地の春はことさらに好いものです。
常夏の国の人は一生その好さを知らずに終わるのですから可哀想な気になります。
自分が,本当は寒いのがすごく苦手なので、春の到来は心が弾む思いがします。一斉に芽吹く花や木々、どこからともなく匂う花の香り。

ねがはくは 花の下にて 春死なん そのきさらぎの 望月の頃      西行

と、思えば

山ざとは 春まだ寒し 旅人の 桜かざして いづくよりか来し     子規

そんな旅人にオレはなりたい。
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by kato_ashura | 2008-01-31 21:38

晩節。

テレビで北海道のホープミートだかミートホープだかの事件に関係した人が晩節を汚したという言葉を使っていて、ああ、と思いました。
オレももう結構な年になってしまって、もうなりたくてもドナーにもなれないみたいで、これから先、誰のどんな役に立てるだろうって思い、今まで自分が楽しむ事ばっかりで生きてきてしまった自分を自分で嫌いなタイプの人に位置づけなくてはならなくなったら寂しいと思っちゃったんです。
誇りって外人が特によく使う言葉ですが、恥ずべき事をしないですむ為には必要欠くべからざる概念、思念かな、と思います。恥が何なのかわかんなかったら話にはなりませんが。
死んでしまえば皆同じなんて淋しい考え方、生き方です。
雪は溶けて流れりゃみな同じかもしれないけど。
晩節を全うする為にもつぎにくる世代の子供たちに何か良いものを残したいです。
特に楽しんで生きる事が大切な事なんだという事を伝えたいです。
遊ぶ事って低くみちゃいけませんよ。そのために生まれたようなもんですから。
自分の楽しみの為には他人を楽しくさせなくていいというようなのは恥ずべき考えと思いますけどね。利己的でね。
本来星の中じゃ動物も植物も共存しないといけなくなっちゃうんじゃないかな。
社会と社会だってそうだもんね。別のものじゃないんだから。
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by kato_ashura | 2008-01-28 21:44

雪。

じつは老後暮らしたくて自分の家を寒い所に求めました。
雪をみたいというのもその理由のひとつです。
若い頃からスキーをしたからかどうかわかりませんが雪が好きです。
先日、東京にも雪が降って一瞬でしたが雪景色を楽しみました。
都会に雪が降ると景色が変わるのがいいと思います。きたないものがきれいにみえます。
去年からまたスキーをはじめて今シーズンはもう2回滑りました。
もう少し行けそうです。
独立してすぐはスキー雑誌の仕事をよくしていました。
スキー場は真っ白でまるで夢のようでした。
夢でまたあいたい人の事が思い出されて何年ぶりかで転びました。
楽しかったな。
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by kato_ashura | 2008-01-24 22:40

夢。

素敵な夢をみました。死んだ友人と母の夢です。
友人はらしくなく優しげで少し腰を屈めて180センチの体を低く見せながら微笑んでいました。
母はオレが連れの髪を虹色と金色に染め分けた女といると、どこからともなく現れてあの特徴のあるアクセントでオレの名を呼びました。きれいなブルーの地に花柄の素敵な服を着ていつものぶらぶらした歩き方でゆっくりこっちに来ました。オレは嬉しくてにっこりしました。少しやせたようで服がとても良く似合ってました。
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by kato_ashura | 2008-01-16 16:37

祈り。

正月なので祈った人は大勢おいでと思いますが、何をどう祈ったらよいのかオレはよくわかりません。子供の頃のように自分の望みを叶えてもらう事が祈りでしょうか?
あれが欲しい,これがこうなってほしいって自分の都合を神様にお願いするのが祈りでしょうか?この頃はさすがにそういうのが恥ずかしくなってきまして,じゃあどう祈ったらよいのかと考え始めたんですがね,よくわからないんですよ、これが。
幸せになりたいってそれは恥ずかしくない祈りですが,その人の幸せが何かにもよりますでしょう。でも祈りってのはそういうんじゃないんじゃないかと何時だったかタルコフスキーの映画を観てそう思ったんです。
映画の中での台詞が、幸せになりたいんだね、でも、もっと大切な事があるんだけどね。って意味深なものでしたが、それが祈りだと。
今日寒い夜にカンボジアの地雷を撤去する為にと募金を集めに若い女の子が我が家を訪れましたが、オレは断りました。
そのかわりに祈る事にしたってわけなんです。
ホントはそんなことがあったので積み上げられた本物の骸骨の写真を載せようかとも思いましたが、悪趣味なので止しました。でもプノンペンにある記念館はそれを見てもらいたいと思って展示しているんです。
それにきっと骸骨たちも見てもらいたいんです。
あの日の青い空に祈りが届くようにとそう祈ります。
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by kato_ashura | 2008-01-07 21:21

冬来たりなば。

明けましておめでとうございます。
例年の御岳参りもせず、今年は正月元旦の朝からずっとのんだくれています。今年から神頼みはよそうかとも思いながら飲んでいますが、まあそれはどうかな?
オレは基本が他力本願ですからね。
何故かこの頃オレが日々へこみがちになるのを、その人自身の命が危ない友人が励ましてくれます。なんだか逆のような気がしながらも心からありがたいと思います。
そういうのがすごいんですね。他力ですね。
人間いろんな時があるので、まあ、冬来たりなば春遠からじと生きてようと思います。
無理をせず,がまんして、呼吸の数を減らして,静かに、そおっと。
オレの新年は静かに明けました。
多少の酒臭さを残しつつ。
今年もよろしくお願いします。

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by kato_ashura | 2008-01-02 23:06