日記等


by kato_ashura

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勘違いされると困るのでひとこと付け加えると彼女との話は嫌じゃなかったのですよ。
普段あまり経験しないのでどぎまぎしましたがなんだかほんわりした時間を過ごさせてもらいました。普段から何の関連もない人と長い時間話す事なんかないです。
川と渡り廊下が好きとか彼女がエィミィ・ワインハウスに似ているとかの話がなんか好きでした。(入れ墨はしてないだろうな)ま、一緒に温泉に入る事はないだろうけど。
 でもって今日は私のホントに少ない友人の、しかも亡くなってしまった大江英司君の一周忌に行ってきた話です。
奥さん,お子さん,ご両親がどんなに素敵な方々で、どんなに彼を愛していたかをここで表現できる程の文才のない事を残念に思いますが,仕方がないですね。
彼は命をなくしてから一年を経て「釈英晃」という法名になりました。
どれだけの出会いの確率でオレが彼と知り合い,親しくできたのかはわからないけど、とにかく偶然なのかなんなのか共有した時間が確実にあったのは確かで、彼がいなくなって一年が経とうとしている事も確かな事です。さのちゃんさんの言葉にもありましたが,昔のような・・・はホントにそうで、たぶん時間を越えてしまったのでしょうね。
きっと、いつまでもすべてが昨日の事のように近しかったものには感じられるのでしょう。彼の苦悩もなんとなくわかったり、彼の夢の実現も少し遠ざかったのも感じ、オレたちの無力さも感じ、自分の行き先も結構わかってきました。
もう彼が砂利を鳴らしながらオレの家に向かう一本道をバイクで走ってくる事はないのです。高速のPAでいつも遅刻するオレをくさす彼に会う事もないのです。
どんなに楽しかったかはときおり急に落ち込む自分に気づく度にわかります。
遠い出雲からご両親も体がつらいのをおして埼玉の霊園まで来てくれました。
大江さんの父上はこの夏に伺った折にはあらかじめ夜釣りして鰻や鯰を確保してくれていました。本当にありがたかったです。
今日は雨が降っていました。
楽しくて寂しい日というのもあるものなのです。
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by kato_ashura | 2007-09-30 21:46

長電話

とりとめもなく、今は牛肉の話をしていますが、さっきまでは庭の話をしていました。もう2時間ぐらい、しかもロンドンと通話しているんです。
今度は関西と関東の違いの話に変わり、これから何を話すんだろう?
相手は学生時代の女友達で、もうむこうで暮らしてお子さんも大学生になって、どうやらヒマになったらしいのですが、こんなに長くていいのかな?
気にしてなんども言うんだけどいいって言うんだよね。
今は美川憲一の話に変わりました。もう喧嘩の話。
話の震源地はすべてさのちゃんです。
今は昔きれいだった女友達の話。そのひとが離婚してまた同じ人と結婚した話。タイガースの話。岸部サリーの話。
オードリー・ヘップバーンの話。デビット・マッカラムの話。
肺癌になった肺も総取っ替えできるらしいって話。さのちゃんは病院でも人気者に違いないって話。3時間になってしまった。
医者が患者の病気に対するスタンスと患者本人のスタンスの違いについてとか、昔の先生の悪口とか。同じクラスのやなやつの話とか。
ああ、こんなことをしていてはいかん。と、いいつつではまた。
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by kato_ashura | 2007-09-30 01:30

自然て。

疑似自然を美観を目的に作って商売にするということがあれば、その事自体に反対はしないですけど、言いたかったのは美という観念を目的化して、もってうまれたもの、自ずから然るということを否定して加工してしまう事に問題を感じるって事なんですよ。
なんか言い回しがかったるいですけどネ。
川だって自然のままじゃないし、オレの好きな田んぼだって自然じゃない。棚田とか大好きなんだけどあれはそうとうに人工のモノでしょ。
自然の環境と喧嘩してる所だってあるに決まっているのに虫が鳴いてたり、アヒルが泳いでたり、カエルが鳴いてたりとすごく身近だと思うんですよね。
人が生きていくための知恵が自然を相手にしてやっていけるように折り合いをつけてああいうもの(風景も)を作ったんだと思うんです。
ただ、美観が目的化されると、あるいはそこで行う商売が目的化されると集客の為の加工が行き過ぎたりしませんかね。
そのために犠牲になるものが多すぎて、人の欲望が優先されちゃって折り合いがつけられなくなっちゃいませんかね。
自然は人の意志とは無縁な所で進行してる現象かと思ったらそうでもなくてエルニーニョがやだとかラニーニャがどうとかいってもそういう現象に人の暮らしが大きく影響してるみたいです。だから無縁ではないけど、ことわりが違うのでしょうね。
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by kato_ashura | 2007-09-28 20:59
ちょっと仕事で帰りが遅くなってしまったのでPCに向かうのがこの時間になってしまいました。
さて、これからコスモス,紅葉とそんな順番でしょうかね。名所というのはいろいろあるもので、すべて知ってもまたどこかにできるんでしょうね。
自然の美を愛でる事になにもいけないことはないのですが、この頃は意図的にそれを作ってまでも美の愛好家を引き寄せてという商売的な所も見受けられるように思いますがどうですか?
以前読んだ串田孫一さんの本にあったと記憶していますが,木々の紅葉はそれをみる人々の為に美しく色づくのでなく自然の営みでそうなるのだと、だから美しいのだとありました。人の容貌の美しさにも言及しておられたと思いますが,その美しさの為に手術を受ける等する行動を悲観しておられました。
なぜ美しさの為にそうするのか?己が作り出すものの中にいったい何を求めるのかってとこに答えの一部はあるのでしょうかね。
女の化粧とは、男の美学とは?みたいな。
オレは音楽でも写真でもスキーでも鉄道でも、じつは何をやりたいってなんでもよかったんですが、耳が聞こえなくて目が見えるのと目が見えなくて耳が聞こえるのとでは、座頭市なんかを見てるとやっぱり目が見える方がいいかな、なんて思いますね。
だからこうなったのかな。
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by kato_ashura | 2007-09-28 00:25

どうしたらいいのか。

母が死んだのはある意味オレがうかつだったのです。他人とかの事が、それと自分の事がよくわかっていなかったから少し早めにあの世へやってしまったと今でもそう思っています。
別に美化するつもりはありません、よくないところもあった母でした。ただ人間ってよい事ばかりしているつもりでも、そのつもりになるってところで他から見たらえ〜って思われる事ってないですか?ただ思われるんでなく,実際に迷惑かけちゃう事とかも発生したりしませんかね。正しく生きるにはどうしたらいいかって結論はオレにはわかりません。
でも、工夫したり、遅かりしのことがあっても少し学習したり、実験したり,考えたりするのがいいんじゃないでしょうかね。
カンボジアで知り合ったラーナって女の子はまだ13歳ぐらいでしたが、医者になりたいって言ってましたが、カンボジアはなんでもお金だから自分の家はお土産売って生計たててるのできっと無理って。でもバイクはあって、カブだったけど、後に乗せてもらったら前にいる観光客の間をすり抜けたいときなんて言ったらいい?って聞くのでMay I pass please?って教えました。あ、でもそれでよかったですかね?英語できる人見てたら教えて。
ま、なんか大きい声で言えば何事かわかるからそれでいいんだけどね。
彼女は一日中働いているので(多分学校は適当にしか行けてないみたい)用事があってバイクを使わせてもらうのが嬉しくてバイクは自分の友達だって言ってました。バイク好きの諸君、君たちは自分のバイクとそんなふうに友達になれているかね?
そしてオレたちがそんなふうにバイクと付き合えるようになるにはどうしたらいいのか?
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by kato_ashura | 2007-09-26 22:00

巾着田

前回に続いて彼岸花なんだけど、曼珠沙華(マンジュシャゲ。百恵チャンはマンジュシャカって歌ってたかも。)とも言うよね。あの花が不思議なのは葉っぱがないんだよね。地面からいきなり茎がでてファサって感じに花がつく。
葉っぱなしで花がつくのは他にすぐ思いつくのは桜ぐらいだけど、なんかどっちも意味ありげというか気配のある花だね。

花よりは命ぞなお惜しむべき待ちつくべしと思ひやはせし  (たしか)西行

日本人は花がたくさんあるのが好きなのか桜は吉野とか高遠とかいうけど、巾着田って日高(埼玉県。北海道ではありません。)にある曼珠沙華の群生地は、名所みたいになっていて大勢の人が押し掛けます。そりゃ賑やかでうちの町内のお祭りなんか人数と出店の数じゃ完全に負けてます。まだステージつくってイベントとかまではやってないものの喧噪の中で見る曼珠沙華というのもまた・・・ですよ。
でも白い曼珠沙華があったのには驚きましたね。きれい!
見たい人は一度行ってみるといいですよ。後悔はしないと思います。季節ものだから今のうち!
飯能の近くで、ホームページがあるから場所もすぐわかります。
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by kato_ashura | 2007-09-25 23:10

彼岸花

なんかタイトルがぐっとあの世的になってまいりましたが、じつはそうでもなくて、今日は自転車でのほほんとでかけたら自転車の後輪がパンクして3キロ程離れたところにある自転車屋さんまでひきずっていくはめになったんですけどね、洪水の去った後の多摩川の河原に彼岸花が咲いているのをみつけてちょっと見に行ったら例年にない咲き誇り方で、きれいだったから写真を撮りに河原におりてみました。
するとそこには先日ここに書いたホームレスの方の廃墟と現在集合住宅状態という家屋?があって、やっぱり彼らも今年は彼岸花が多いって言ってました。死んだやつもいたからじゃないって。
今はまだ個々の住宅を再建できる程じゃないのでとりあえず2〜3,4,5人で暮らしてるそうです。それから写真撮られるのは嫌いらしいです。
彼岸花もこうべをさげる稲穂の隣で畦をいろどるのもあれば洪水の残骸に群生するのもあればで、いろいろです。
人生いろいろ♪って。
場所によっては目を細めると戦の跡を想像するみたいな荒れた地面に真っ赤な血を思わせる彼岸花、みたいな所もありましたよ。
足の裏がやわなのでまめができて痛いです。自転車の修理代¥4,500.-も痛いです。
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by kato_ashura | 2007-09-24 20:59

神無月から神有月

大江英司君の弟さんに聞いたんだけど、来月は神無月でしょ。その次は神様が出雲に帰ってこられるので神有(在?)月とも言うらしいのね。その神在月のはじめが10月26日なんだそうです。知ってる人は知ってるけど、その大江英司君が事故で亡くなったのがその日なんですよ。
ときどき偶然が怖いと思うことってあるけど、それだよね。電車で偶然、知り合いと同じ車両に乗り合わせるとか、「ルビーの指輪」じゃないけど以前付き合った人を何の関連もない所で見かけたりとか。
今日は天気が怪しかったので一日家にいてギター弾いたりNゲージに室内灯取り付けたりしてました。夜行列車は辺りを暗くして室内灯をつけて走らせると哀愁が漂いますね。暗いと室内のよけいなものが見えなくなるのでなおさらいい感じです。銀河鉄道みたい。
銀河鉄道はあの世の旅だよね。
年取ったら不思議とあの世が身近に感じられるようになってきて、怖いとかじゃなくて自分が今生きてることとの関連でつながってることが実感できてきた気がする。前とは違った方向へ思うことが向かっているというか。だからってさびしくないわけじゃないけど。
今日は西行の句ね。

宿ごとにさびしからじとはげむべし煙こめたるをのの山ざと

今日は雨も降ってちょっといい感じでした。
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by kato_ashura | 2007-09-23 18:09 | 日記

マイ孫♪

オレの孫はね、生後6ヶ月ですけどね、ハイハイもするし歯もはえてきていて自分の指以外の指はぐっとひきよせると口に入れて結構しっかり噛むんです。こっちは痛いんだけど嬉しくて、そんなときにはいつのまにかMになってる自分を発見したりする。
自分のM性を初めて発見。以外!
いずれ遊ばせようと孫用のパンタグラフのない模型も買ってあるんだけど大事なEH200を譲ってやれるのは何歳ぐらいだろう。以前ディーゼル機関車を犬に遊ばせたらはじめは怖がっていたのにそのうちに大胆になってきてついには壊してしまったのでそれを教訓にして、孫に与えるタイミングについては細心の注意をはらうつもり。
オレの孫はね、「ビリケン」って呼ばれていますんですよ。ちょっと似てるでしょ。もちろん、本名じゃありませんよ。あたりまえだね。

ところで総裁選、どっちが日本を良くしてくれるんだろうか?毎日、人殺しと精神鑑定と年金泥棒、税金泥棒でしょ。候補が2人しかいないってとこからして人材不足だし、政治の世界にもスポーツの選手みたいに好い選手が育たないとお先真っ暗だよね。
これから生きて行く孫の時代のために何か役に立てないものかな。オレの指を歯固めの道具に供与すること以外に。
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by kato_ashura | 2007-09-22 12:45

なかなか終わらない夏

今日も暑かった。それでまだ暑い!

夏も終わりになると、しかも、もうお彼岸だけど、いつも死んでしまった懐かしい人の事を思いますね。オレは大学まで行って大勢先生にあったけどこの人しかホントは先生と思ってない小学校低学年の時の佐藤康平先生や、こわかったけど明るかった清じいさん、やさしかったたまばあさん。それからまだ心の中で何処にしまっていいのかわからずにいる母。バイクの事故でいなくなってからホントに友達だったってわかった大江英司君。みなさん、そっちはどうかね?やっぱり暑いのかなぁ。墓石に水でも掛けましょうか。
康平先生は短歌がお好きでね、生前「短歌は感情を表すことができるから好きだ」と言われてたそうで、「星と花と愛と」というタイトルの歌集を奥様が遺歌集として纏められたんだけど、戦争、捕虜を経験されて、大勢の戦友、部下を失って帰国して、上の学校の教員だったのを自ら望んで小学校の教員になって、その後本当に可愛がっていたお孫さんを病で失って、そんなことが平易な言葉で表された美しい句になってるんですよ。お孫さんの句は

麻酔やや弱くなりしか涙あふれいるみんなの声が聞こえたの綾チャン

新しき浴衣に赤い帯しめて盆おどり待ちしか柩の中にいる

こんなふうに。
他の句もまた今度書きます。
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by kato_ashura | 2007-09-21 16:20