やれやれ。

喧嘩とかを囃しているのではない、いわゆる疲れたりした時のやれやれだが、何の事はないと思っていたのにちょっと困っている。
なに、パソコンが動かなくなっただけなのだが、
思ったより困る。
古いデスクトップなので壊れる事もあるだろうと思って仕事用にノートも持っているけど、メインのマシンなので、何より過去メールが見れないのがやばいのだ。
仕事のスケジュールが見れないとか、使い慣れたソフトが使えないのが困る。
今回はばっちり反省した。
しかし、思えばいつの間にこんなにパソコンに依存していたのだろう?
電車に乗るにもアナログを決め込んで、今だに切符で通しているのに、自宅のパソコンが壊れたぐらいであたふたしてはかっこわるいではないか。
だけどストックしておいた好きな画像も開けない。
やれやれ、だ。

救いは日記をここにしていたからこうして書けるし読める事だ。
自分で音を聴くのは今はレッドツェッペリン狂熱のライブをレコードで聴いているから問題はない。
さっきはZZトップのエリミネーターをレコードで聴いていた。
だが、そういう他人のを引用して何かを伝えようとするような時、抽き出しが失われた痛さが身に降り掛かる。
すべてを自分の言葉だけで表現できたらいいと思う。
だけど自分の言葉なんてあるんだろうか?
他人の中に生まれて、他人の言葉で生きてきたオレに。
記憶のすべてがなにかしら他との関わりで出来上がっている。
風呂で思いつく鼻歌でさえ、誰かのものとの関わりで浮かび上がってきているフレーズに違いない。

うーむ、オリジナルって何?何処?

Baby Blue

ツェッペリンを聴きながらディランを。

4th Street

写真を勉強していた頃、瞬間よとまれ、おまえは美しいというファウストが死ぬ時の言葉が気に入っていたものだが、オレのその瞬間てオレのものだったの?

うん、そうだと思う事にしよう。
o型でよかった。
どうやってどうするとどうなるかなんてことを考えすぎると何もできなくなって、できないことが普通だなんて馬鹿な考えに行き着かないとも限らない。
例えばモーツァルトを百回聴いたってモーツァルトがわかったことにはならないし、おいしいお酒をどれだけ呑んでも、それを造れるようにはなれはしない。それどころか一昨々日呑んだ酒と今日呑んだ酒を比較できるようにさえなれはしないのだ。
明日も元気に暮らせると思えるのは、ひょっとしてオレがo型だからかもしれない。

o型のせいでもないか。
まぁ、いいさ。

Age Of Loneliness

Silent Warrior
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by kato_ashura | 2009-01-12 00:48