日記等


by kato_ashura

映画、価値観。タクシードライバー。

むかしタクシードライバーというマーチンスコセッシ監督の映画を観た時に価値観について見方が変わったということがあった。
まあざっとはMisunderstood Cab Driverのロバートデニーロと若すぎる娼婦のジョディフォスターと政治家がいて、主役のTaxi Driverは勘違い野郎で、正義心が強い危険な男。
娼婦を救い出す事と政治家を殺す事は彼の中では同じなのだが、政治家の方はガードが固くて上手くいかない。
そこで、若いジョディフォスターが演じてる娼婦(別にそんなに辛い境遇にあると本人は自覚していないのだが)を救い出そうとでかける。
自分も怪我をするがなんとか上手くいって、ヒーロー扱いされる事になる。
ってなストーリーだった。
この視点は初めてだったので、衝撃的だったのを覚えている。
この男にとっては若い娼婦を使っているポン引きと、売り出し中の政治家は同列で、どっちを殺してもよかったわけで、ヒーロー扱いされる事になったのはただの運だと言える。
実生活で強い意志を支えられるのは強い信念だろうが、行動が優先する事からさまざまなMisunderstanding も生まれる。
自分の行動に自分が支配される状況がある。
この映画の場合は負けない為の武器選び、体作り、仕掛け作りだ。
一般的に多くの場合は自分を位置づけるに適当なさやを探すのが面倒だと他人のさやを参考にする事が多くなり、画一化される事をむしろ望む事になるが、この男は違っていて、あきらかに普通の人間から見れば危険なヤツだが、ヒーローにもなってしまうのは一般人の側からのMisunderstandingだろう。
もし上手くいってしまって政治家を殺していたらまちがいなく犯罪者だ。
この男はそういう意味でずっと危険なヤツでありつづけるのだが、自分で勝手にイメージしている一般人という枠に籍を置こうとする人々にも人と同じであろうとする限り勘違いする要因はずっとキープされることになる。
世の中には本当に一般人なんているのか?
みんなただの偽ミッキーなんじゃないのかと思ったものだった。


TAXI DRIVER


The Best Fucker
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by kato_ashura | 2008-09-04 11:47