日記等


by kato_ashura

長くて短い時間。続き。

恵子さんは飲み物と食べ物を手作りで用意してくれていて、冷たいビールと香りのいい赤ワインでもてなしてくれた。
こっちは訪ねては来たものの何を話していいかわからず、開け放してある和室の北原の笑顔を眺めていると、妻が話し始めた。
まだ学生で、若い頃に結婚したオレたちが住んでいたアパートに子供ができたお祝と当時売れてたサッポロジャイアンツを2本ぶらさげて来てくれた事、妻は北原には2回しか会っていないけど、映像をやりたいと言っていた息子が就職の時もよく世話してもらったこと。
妻の話に誘われるように思い出話をし始めた恵子さんの目が潤んで、みるみる赤くなって涙があふれて、オレは情けないぐらい何も言えなくて。
もういけないとなってから家に帰りたいと望んだ北原を連れ帰ったあと、病気が進んで何から何まで恵子さんの世話にならなければならなくなった北原は恵子さんに言ったそうだ、お前にだけはこんなことさせたくなかったと。
あの北原の性格だ、どんなにか辛かっただろう事はいわずもがなだ。
それでも亡くなる2日前に辛い体をおして自分でクルマを運転して病院へ行き、医師にどうもありがとうございましたと挨拶をするのを恵子さんは微妙な気持ちで見た。
その夜はまるでよくなったかのようにスコッチを飲みたいと言い、くだんの酒屋でだろう、息子が買ってきてくれたその酒を好きなジャズを聴きながら飲んで、夜遅くまで話し、よく笑ったそうだ。
恵子さんが、あての支度なんかで立とうとすると、いいから此処に座ってろと、そんな事しなくていいから此処にいろと。
きっと何かわかっていたんだろうとしか思えない。
去る時にあいつはきっと、あばよ、か、じゃぁな、か言ったと思う。
恵子さんにはありがとうがついただろうな。
声にはならなかったかもしれないけれど。
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by kato_ashura | 2008-07-16 21:48