さようなら。

妻の父親が6月27日に亡くなって、その葬儀に行ってきた。
もう10年以上入院していて周りの者も覚悟はしていたが、やはりいざその時が来るといろいろな思い出が涙腺にプレッシャーをかけるので、涙がでてしまう。
喪主は妻の母が、施主を稼業を継いでいる兄がやって、故人の起した会社の社葬という面のつよい葬儀だった。
そのためロータリークラブとかいうそういうことをも飲み会にしてしまうような人々が大勢参列してくださって、とても盛大な葬式になった。
思ったのは、オレん時はもちろん大勢なんか来ないだろうけど、オレが生まれた時に居てくれたぐらいの人数で送ってくれたらそれでいいなと。
誕生と死はふつうに同じような事だけど、死ぬ時はもう大人なんだから、こっちからもありがとう、さようならって挨拶できたらいいなと思った。
墓は代々のがあるがどうするかはむしろ残った人の問題だからどうしてくれとの希望はない。
いかようにもしてもらって結構だ。

思えば義父との初対面の時、青二才のオレは娘さんをくださいじゃなくて、結婚したいから認めて下さいなんてなまいきなことを言った。そのとき戦争経験のある妻の父親は、まだ二十歳の自分の娘を妊娠させた男の身の程知らずないいぐさを何も言わずに許してくれた。
孫もとても可愛がってくれたし、オレの仕事も心配してくれた。
今日、ついさっき帰ってきたけれど、きっとまた泣く日がありそうだ。
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by kato_ashura | 2008-07-04 14:51