日記等


by kato_ashura

むずかしくないテツガク。

哲学的といわれて、オレ何かムツカシイ事考えてんのかなぁ、なんて自惚れようかと思ったが、そんなはずはないからなりすますわけにはいかない。
努力して人に認められて、「やったね!」を奥ゆかしく胸に秘めて、そのものになりきろうとするのは、例えばたぶん・・・。
ゲージツ家的。かな?
詩はもしかすると芸術とはいえ小説のように計画されたり組み立てられたりされることが無理なコトバで現される。
抽象を抽象な言葉で説明しない。
哲学は自分にとっては、出来事やなにかから受け取ったものをどんなふうに自分的に解決してとりこむのかという、モーツァルトやマーラーやバッハやC.S.N&YoungやLightnin'等を聴いたり、ゴッホやピカソ等々を見たり詩や小説を読んだりするのと同じような事。
ただ、やりかたがわからないところもあるからその参考になりそうなものも読んだり、映画を観たりもする。
小林秀雄さんの著作はオレにとってそういう役に立ったし、その考え方と表現に感動した。
簡単にいうとビートルズやボブディランに出会ったときみたいにすげぇ、と思ったんです。
西行に出会ったのは永島慎二さんのシリーズ黄色い涙フーテンを読んだ時だったと思う。これは漫画ですが、自分のハートにすごくシンクロして滲みた。

捨てはてて 身はかなきものと おもいしも 雪の降る日は 寒くこそあれ

が初知りでした。と、思う。
写真について友人の北原が言ってた、写真は一人でできるのかと思ったって言葉が忘れられなくて、オレもそう思ってる、写真のようなことをしておアシをもらって生きてきたと。
ま、それはそういうことさね。
そういうものだから。
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by kato_ashura | 2008-03-20 00:30