ショーエンに約束した 9.11

9.11は忘れられない。
壊れるという怖さを理屈ではなく、感覚で受け取った事件だった。
その感覚は、実感に近い力強さで目と耳から体の中に入ってきた。
背景にキリスト教国とイスラム教国の宗教対立がある事や、それに端を発した経済摩擦があることなどがテロの理由であるのだろうが、そのことを考えるよりむしろ戦争→破壊が脳裏に焼き付いた。
世界がモノとして見えた。
大勢が仕事をしているそびえたつ大きなビルにズボッとつっこむ旅客機。
まさかと思う内に、そしてまたもう一機。
一瞬で失われる多くの命。
崩れ落ちるビルがこの地球のように思えて、そしてまたその中にいたもっとたくさんの命が失われた。
数日してポイントゼロと名付けられたそこにはおびただしい死が重なり合って静かにくすぶっていた。
憎悪は人の内の攻撃性を煽り、激しく行動させる。
失われた命と、それを悲しみ、絶望する人々。
それでも希望をと語りかける勇敢な消防士だった父を失った少女がいて、戦場で命を無くしたアイルランドの若い兵士の詩を読む。
「千の風になって」
人々は力づけられ、諦めもして、瓦礫を片付けるとまた新しい暮らしを始める。
手の届かない世界というのは、じつは現実の中にあって、いくら愛していても失う事を止める事ができない。
手が届かなくしているのは我々なのに、自分で届かなくしているから失うのに。
少女の声に感動しながら止めるべき事を止められない。
いったい感情は想像力を生まないのだろうかと思う。
悲しいという感情は涙で終わりになってしまうのだろうかと。
サトウハチローさんの詩「悲しくてやりきれない」はそんな底無しの悲しさを歌っているようだ。
むなしさが心臓を圧迫するよ。
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by kato_ashura | 2008-02-26 23:10