ありがとうございました。

昨晩、息子夫婦と娘と一緒に見舞った義理の母が、我々が病院をあとにしたその後、妻と、その妹たちにみとられて亡くなった。
一ヶ月ほど前に、オレの娘が産んだ曾孫をみに我が家を訪れてくれて、その時に具合が悪い事が発覚して、救急車で近くの病院に搬送された。
その後、容態が好転することはなく、はじめはしっかりしていた意識もあやしくなっていたのだが、それが2日前に見舞った時にはみょうに晴れやかで、
自分の娘たちの名前もはっきり口に出していたその事を、妻はかえって不安に思っていた。
実際には医者から聞いて、心臓と腎臓のよくないことはわかっていたが、見舞う側からは一瞬の期待を持ってしまうような、空気の明るい面会だった。
カテーテルの手術は脳梗塞がみつかって中止され、もうそれで打つ手はなくなって、
妻の危惧は残念な事に現実になり、義母の命は失われた。

まだ若い頃、身の程知らずに独立したせいで仕事もあまり無かった頃に、
なにくれと励まし、よくしてくれた。
苦手な食べ物を覚えていてくれて、集まりがあったりすると、オレの分だけ特別に用意してくれた。
家に来てくれて、ご無沙汰しておりますと挨拶したのが一ヶ月前だ。おもいがけず、
別れざるを得なくなってしまったそんな義母に言える言葉は、ありがとうございました。
それしかない。

前にも書いたが、本当に、さよならだけが人生だ。
心して生きようと思う。
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                    吉野窓。
Perfect Day

今、家にいる娘夫婦が、自分たちの家に戻って孫との暮らしを始めたら、オレはどうするだろう。
若い頃みたいにまた、あちこちうろつきはじめるだろうか?
それとも罪滅ぼしにと、ここにいて人の役に立とうとするだろうか?

いずれにしても、なんだか今までのようではない道に足を踏み入れているように感じる。

Warwick Avenue

でも同じだね、そこの角を曲がった先に何があるかなんて、
思えば今までも、一度だってわかっちゃいなかったんだから。
曲がらなければ見通せたかもしれないけど、曲がらずにいられなかったし。
それがオレの生きる道だったってことなのかな。
へそまがりだなと思う。

失う事と得る事が、できれば等価だといいな。

So Sad
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by kato_ashura | 2011-04-24 14:29