大叔母が亡くなった。

今朝、3時頃という事だが、親戚の中で一番親しかった大叔母が亡くなった。
93歳だったので、大往生という事かもしれない。
背骨の間がだいぶやられていて、そのせいで腰が曲がっていたが、一週間前までは自身で用もたし、家族(といっても一人息子とその連れ合いがいるだけだが)にさしたる手もかけさせずにやってきていたそうだ。
かつては女子美で教師をして、退職後は弟子をとって染色を教えていた。
オレは子供の頃からとても可愛がってもらったが、彼女とは誕生日が近い以外にも、ウマがあったとかいうことがあったのかもしれない。
オレが写真をやると決めた時も、オレの実の親よりも応援してくれたのが彼女だった。
おしゃれで、オレが仕事でパリに行くというと、彼女は自分のお気に入りの香水を買ってきてと言ってその何倍ものお金を渡そうとしたりもした。

一週間ほど前からおむつが必要になり、そのあたりから食事をとらなくなって、今朝5時頃に呼吸していないのに家族が気がついたのだそうだ。
病院が嫌いで、かねてから家で死にたいと言っていたそうだ。
言葉通り、大きな怪我をしても病気をしても、すぐに家に帰ってきてしまう人だった。
連れ合いと仲がよく、旅が趣味だった。

オレの事務所が長い間六本木にあって、その帰りに大叔母の家(住所が青山なので帰り道だったから)によく寄って飯を食わしてもらった。
友人の北原のつてで息子が東北新社でアルバイトさせてもらった時も、帰りが遅くなると青山の家に泊まらせてもらっていた。
あんなに遅くまで働かせたら体を壊してしまうと、こっちが叱られたりもした。
オレも歳をとったのだからあたりまえのなりゆきではあるだろうが、大叔母がいなくなったことは、とても寂しい。

Fauré - Requiem

フォーレは18年前に逝ってしまった大叔母の連れ合いが好きだったので、葬儀の時はこれを会場でずっとながしていた。
大叔母はバッハだったから、きっと今回はバッハだろう。

かつては新しい女だった彼女。
今日、兄弟のように育った51歳になる彼女の一人息子が今まで言わなかったけどと前置きして言った、両親は最初同棲してたらしいんだよね、という言葉。
引き算すればわかるが、その息子はだいぶ高齢での出産だったので、当時ではまだ危険をともなっていただろう、帝王切開で産まれた。
もしかすると、その時点で籍を入れた可能性もある。
わかいころの写真を見ても相当モダンだった彼女。
その彼女にオレからのはガンズにしようかと思う。

November Rain

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神様からのはきっとバッハだろう。
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by kato_ashura | 2009-10-03 22:05